【専欄】改革開放はいつ始まったのか 元滋賀県立大学教授・荒井利明

 今年は中国で改革開放が始まって40年という節目の年である。だが、改革開放は本当に40年前に始まったのだろうか。

 改革開放は1978年末の中国共産党の中央委員会総会(3中総会)に始まる-というのが党の公式見解である。だが、40年前の3中総会のコミュニケを見ても、「改革開放」という表現はない。驚くことに、約7700字とかなり長いコミュニケに、「改革」という文字はわずかに2度しか登場せず、「開放」に至っては一度も出てこない。

 82年秋の党大会における胡耀邦の政治報告を見てみよう。政治報告は中国において最も重要な政治文書である。3中総会から4年近くもたっているというのに、約3万2000字のこの報告にも、「改革開放」という表現はない。

 年に1度の全国人民代表大会における首相の政府活動報告で、「改革開放」という表現が登場するのは、88年3月の政府活動報告からで、11回出現している。ただ、「改革開放」とは微妙に異なる「改革と開放」、あるいは「改革、開放」という表現が、85年以降の政府活動報告で見られるようになる。「改革」と「開放」を助詞、あるいは読点で結び付けた表現である。

 85年と86年の政府活動報告では、「改革と開放」、「改革、開放」がそれぞれ1回、87年の政府活動報告では、「改革と開放」が6回、「改革、開放」が8回、登場している。それは80年代半ばに、「改革」と「開放」を結び付ける認識が生まれたことを意味している。

 87年春の政府活動報告には「改革開放」という表現はないが、同年秋の党大会における趙紫陽の政治報告には、「改革開放」が29回も出現している。ただ、「改革と開放」も3回、「改革、開放」も5回、登場している。そして、「改革開放」が登場した88年の政府活動報告からは、そうした助詞や読点で結び付けた表現は消えている。

 つまり、当初は、「改革と開放」や「改革、開放」という表現が用いられたが、その後、「改革開放」という表現に定着したということである。定着したのは、3中総会から9年後の、87~88年にかけてである。

 「改革開放」という概念を誰が最初に提起したかは分からないが、恐らくは党の宣伝部門が「改革開放」と3中総会を結び付ける「物語」を作り上げたのだろう。私たちは今、その物語を抵抗なく受け入れているのである。(敬称略)