思いのほか頼りになる「好き嫌い」という判断基準 経営戦略と美意識を結んでみる (1/3ページ)

【安西洋之のローカリゼーションマップ】

 先日、イタリアのある大手企業の幹部と話している際、「日本では、いい悪いではなく、好き嫌いをもっと判断基準に使うと良い、という声が出ている」というネタを出してみた。

 ネタ元は山口周さん『世界のエリートはなぜ「美意識」を鍛えるか?』と楠木健さんの『好き嫌いの経営』の2冊の本である。

 日本の企業では新しいデザインのプレゼンがあれば、その場にいる地位の高い人の「これはいい」「これは悪い」という発言を周囲の人はじっと待つ。しかしイタリアの企業では「これが好きだ」「これは嫌いだ」との発言を役員の前で新入社員でもする。

 日本とイタリアの企業の間にある、このような差異を長くみてきたぼくは、上記の2冊の本に書かれている内容がイタリアでは日本と違って受け取られると想像していた。本の中身の詳細に触れるわけではないから、これら2冊そのものへの反応というよりも、こういう話題にどうコメントが返ってくるか、である。

 社会が速いスピードで大きく変わる今の時代は、定量的・論理的な詰めだけに頼るのはリスクが高い。曖昧で不安定な状況で直感や美意識で判断する大切さを説く山口さんの話に対しては、「イタリアの社会では、カオスな状況にあって一つの壁にぶち当たれば、もう一つの選択肢を瞬時に探し出す柔軟性が求められてきた。直感や美意識を重視するのは言うまでもない。イタリアの文化そのものだ」とのコメントがくる。

 日本の人は細かい段取りを重んじてきたから、今、それに対する反省が強調されるのだろう、との先方が言わんとするニュアンスも感じる。

個人的嗜好を隠さないイタリアのビジネスパーソン