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リトアニアのデザインを日本で語る意義 ビジネスパーソンの好奇心も引き出す (2/3ページ)

安西洋之

 ぼくが、このカンファレンスの意義に確信を持ったのは、ルータからじっくりとリトアニアの状況について話を聞いてからだ。内容は「審美性だけでなく『美意識』を育てよ デザインの考え方で社会変革目指すリトアニア」とのコラムに書いた。

 そして初めてリトアニアを旅した。

 街を歩き、レストランで食事をし、大学関係者と話をする。そういう経験を経て、ルータが語っていた内容が身近なものに感じられてきた。彼女以外のデザイン研究者が必ずしもルータの語る内容と同じなわけではなく、旧ソ連時代の審美性や美意識に関してやや肯定的な意見も聞いた。

 しかし、それは冷戦時の「鉄のカーテンの向こう側」である欧州西側諸国に視察して取り入れたデザイン動向の採用による「見栄え」(とまで言い切って良いかは迷うが)であり、これをもって国民一人一人の美に関する判断力をバックアップしうる体制があったとは言えない。

 個人的に美に関する感想が言いづらい、美に対する判断を他に委ね自身で判断する機会を喪失する。こうした事態が新しい社会をつくっていくにあたり如何に障害になるか。これに気づいたとき、ぼくは日本でリトアニアのデザイン事情を語る意義を強く感じたのだ。

 というのも日本は自由な意見の表明を許されている国ではあるが、思いのほか「これは美しい」「ダサい」との感想を言いにくいビジネス土壌がある。好悪の表現も同様だ。

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