【ローカリゼーションマップ】コトに振れ過ぎモノを軽視 “流行りに浮かれた”日本のデザインに違和感 (1/3ページ)

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  • 新谷陽一さん

 先月の日本滞在中、いろいろな人とデザインについて話していて気になることがあった。(安西洋之)

 デザインが製品のスタイリングにとどまらない存在になり、サービスやコミュニティーつくりに至るまで広く適用されるようになったことを踏まえ、「モノのデザインからコトのデザインへ」とさかんに語られる。

 それはそれで結構なことなのだが、あまりにコトに振れ過ぎモノが軽視されている。インターネットで繋がるデバイス程度にしかモノはなくなるような勢いで話される。

 しかしながら部屋のなかの家具を見渡しても、ソファやテーブルあるいは本棚など、インターネットに繋がる製品も出てくるかもしれないが、多くは今のままか、逆にもっと素材が重視されたクラシカルな家具が欲しいと思う人々も増える可能性がある。それなのに、日本で多々議論されているデザインは、モノとコトが分離している。

 こういう違和感を日本でもったので、ミラノに戻ってからミラノ工科大学にあるPSSD(Product Service System Design)という修士課程に学んでいる新谷陽一さんにインタビューしてコラムに書いてみようと思った。というのも、このコースはモノをコアにしてサービスをどう構築するかを学ぶところだからだ。

 新谷さんは東京大学の学部で古典ギリシャ文学を勉強し、昨年9月から孫正義育英財団の奨学生として、このPSSDに在籍している。留学先を決める前から相談にのってきたので、これまでも定期的に会っているのだが、まだ半年の滞在だからこそ、ぼくがイタリアで見慣れて既に目を向けていない点を喚起させてくれるのではないか、とあらためて思った。

「日本に留学したいとの相談をよく受けるが…」