鉄道業界インサイド

銀座線誕生の裏事情…新橋駅「幻のホーム」がたった8カ月で姿を消したワケ (3/3ページ)

枝久保達也
枝久保達也

 支線は「丸ノ内線」に

 では幻のホームは、何のために用意されていたのだろうか。実は東京高速鉄道は、新橋~渋谷間から分岐して、赤坂見附~新宿間をむすぶ支線の建設を計画していた。

 現在、銀座線と丸ノ内線が向かい合って発着する赤坂見附駅は、元々は渋谷方面と新宿方面の分岐駅として設計されたもので、開業時から上下2段の構造になっていた。同様に新橋駅のホームも、支線の開業後に一部の列車を折り返すために用意されたものであった。これを直通運転開始まで暫定的に利用していたのである。

 しかし、1941年に東京地下鉄道と東京高速鉄道は帝都高速度交通営団(営団地下鉄、現在の東京メトロ)に統合され、2路線は名実ともに一体化して、現在の「銀座線」が形成された。新宿方面の支線は「丸ノ内線」として独立することになり、赤坂見附駅の反対側のホームは丸ノ内線に転用、新橋駅の折返しホームは役目を失ってしまったのだ。

 ちなみに「銀座線」という路線名は直通運転の開始から14年後、1953年12月になって命名されたものである。というのも、営団地下鉄の設立で地下鉄は1路線になり、利用者が区別する必要がなくなったからだ(都市計画上、区別する必要がある時は「3号線」と呼称された)。

 ところが、1954年1月に2番目の地下鉄として「丸ノ内線」が開業することになり、改めて路線名が付けられたというわけだ。

枝久保達也(えだくぼ・たつや)
枝久保達也(えだくぼ・たつや) 鉄道ライター
都市交通史研究家
1982年11月、上越新幹線より数日早く鉄道のまち大宮市に生まれるが、幼少期は鉄道には全く興味を示さなかった。2006年に東京メトロに入社し、広報・マーケティング・コミュニケーション業務を担当。2017年に独立して、現在は鉄道ライター・都市交通史研究家として活動している。専門は地下鉄を中心とした東京の都市交通の成り立ち。

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