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台風19号で避難して分かったこと 避難所、警報、そして「カン」 (1/3ページ)

 先週末に日本列島の半分をなめ回すように通過した台風19号。これを書いている現在はすでに太平洋側に抜けたところだが、各地域からは生々しい爪痕の様子が報道されてきている。特に大型河川の決壊による被害は、これから復旧にどれぐらいの時間がかかるのか想像もつかないほどである。(小寺信良)

 筆者は現在、上の娘と2人で宮崎市に暮らしているが、月に1度ぐらいは妻と下の子供たちが暮らすさいたま市の自宅に戻るようにしている。今月はちょうど14日月曜日が祝日なので、9月末にはすでに飛行機を予約し、11日金曜日の夕方からさいたま市に帰る予定でいた。

 19号接近の中、11日夕方の便は1時間半遅れで無事飛んだものの、12日には台風の直撃を受ける結果となった。筆者宅の近所には、治水のために人工的に作られた笹目川という河川がある。このあたりはかつて田舟を使わないと足が抜けないほどの泥田で、地盤が緩いのに加え、土地が低い場所である。

 このため、自治会では以前から大規模な水害に備えて様々な備えを行ってきた。もちろん、地方自治体にも働きかけ、雨水排水計画の見直しなどを行ってきたところである。

 そんな中、未曾有の雨量である19号がほぼ直撃コースという報に、12日昼から自宅避難と並行して、避難所への移動準備を進めていた。かつて筆者はここの自治会総務部副部長として避難訓練等にも何度も参加しており、避難の段取り等は分かっているつもりだった。

 だが実際に被災者として避難してみると、訓練では分からなかったところが見えてきた。今回はそんな話である。

 (【この記事について】 この記事は、毎週月曜日に配信されているメールマガジン『小寺・西田の「マンデーランチビュッフェ」』から、一部を転載したものです。今回の記事は2019年10月14日に配信されたものです。メールマガジン購読(月額648円・税込)の申し込みはこちらから。)

 避難の決断

 筆者宅は、件の笹目川から直線で15メートルほど離れた角地に建っている。川と自宅までの道路は、一部低くなっているところがあり、集中豪雨などの時にはいつもそこが冠水していた。これまでは1時間もすれば水が引いていたのだが、雨が長時間降り続けば、床上浸水はあり得る。現にこの家は、筆者が借り受ける前の住人の時に、一度床上浸水の被害を受けている。

 従って、避難警報がレベル4「避難勧告」になったら避難しようと思っていた。昼からしばらくレベル3だったが、午後4時にレベル4が発令したのを機に、家族4人連れだって避難場所に指定されている高校の体育館へ向かった。徒歩5分程度の距離である。

 実際に体育館に来てみると、電気も付いて市の職員と学校の先生からなるスタッフが受け入れ体勢を整えており、椅子やブルーシートが設置されていた。しかし避難者は誰もいなかった。既に2組が避難していたが、ここは川が増水すると校舎のほうに移動しなければならないということで、今のうちにもっと高台にある学校へ移動したということで、われわれとは行き違いとなった。

 受け入れスタッフは皆親切だったが、自治会の人は、防災士の資格を持っている1人が時折様子を見に来る以外、誰もいなかった。訓練では、自治会防災部が中心となって受け入れ体勢を整えることになっていたが、しょせんは素人だ。自治会員自体が被災者となれば、人のことより自分のことを優先させる。

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