中東でクルーズ業が好調の理由

エジプトのピラミッド(ブルームバーグ)
エジプトのピラミッド(ブルームバーグ)【拡大】

  • 「シーボーン・アンコール」号のバーの一つ(シーボーン・クルーズ提供)
  • ルーブル・アブダビ(同館提供)
  • エルサレムの旧市街地(AP)

 2017年10月、ソマリア沖を航行中の豪華客船「シーボーン・アンコール」号では、乗客たちがプールサイドでマティーニを味わったり、オペラを鑑賞したりしていた。ソマリア沿岸といえば、ときおり貨物船を狙った海賊が出没する海域だ。

 船に1隻のモーターボートが近づいて来る。様子を見ようと、乗客が一斉に甲板の縁に集まった。ボートから客船に乗り込んできたのは「通常兵器」を携えた何人かの屈強な警備員。船長によると、油断のならないこの海域でより確実に安全を確保するために、このような措置を取っているという。

 ◆五つ星ホテル並み

 3週間をかけてローマからドバイを目指すこのツアーには548人が参加した。乗客の一人で、米国オハイオ州からやってきた歯科矯正医のジャック・キング氏は「まさにジェームズ・ボンドの映画のようだ」と話す。その1週間後、アブダビの近くで、再びボートの接近を知らせるアラームが鳴った。今度は500グラム入りのキャビアの缶詰やシャンパンを積み込んだボートだった。

 地中海からペルシャ湾をめぐる旅は好奇心を刺激し、五つ星ホテル並みのサービスを完備していることも多い。そして、このような旅に参加する人は年々増加傾向にある。

 09年にドバイに停泊したクルーズ船は合計87隻だったが、16/17年の冬シーズンには157隻に増えた。最新の集計によると、この冬はこれまでに、シーズンを通して運航するツアー5便を含む18社のクルーズ船が中東の港に停泊した。19年には、米大手カーニバルコーポレーション傘下のP&Oクルーズなどが新たに参入する予定だ。

 これには理由がある。中東の国々がクルーズ関連のインフラに多額の投資をしていることを背景に、クルーズツアーの運営会社が、夏に欧州で運航する船を冬に中東に回すことに魅力を感じているのだ。

 そして旅行者たちは、中東のクルーズツアーについて、今まで訪ねたことのないような地域に行ける便利な手段という見方をしている。

 エジプトのピラミッド、ヨルダンのペトラ遺跡、エルサレムの嘆きの壁。中東には旅行者を引きつける名所がたくさんある。そしてクルーズツアーはそれらを一挙に楽しめる一つの方法だ。アンコール号のツアーのような長めの旅程では、ペトラ遺跡や嘆きの壁に加えて、スエズ運河を見物したり、「アラビアのロレンス」で有名な赤い砂漠ワディ・ラムでラクダに乗ったりすることもできる。

 1週間ほどの短い旅程でも、乳香や香水の商店が並ぶオマーンの旧市街を歩いた後に、アブダビやドバイでルーブル・アブダビなどの現代的なエンターテインメントを堪能することができる。

 陸路でこのような名所を回る計画を立てるには、プロ並みのスキルが必要だ。この地域は隣国間の関係が良好ではない場合もあり、パスポートに非友好国のスタンプが押されていたら、国境で追い返されるかもしれない。そして主要な観光名所では、ガイドか運転手と同行することが求められる。

 ◆安心と安全

 海の旅ならば安心だ。ビザはクルーズツアー運営会社が手配して、入港時に発行される。セキュリティーが心配な人も、船内、船外ともに武装した警備員が乗客の気づかないところから常に見守ってくれている環境ならば安心感があるだろう。

 中東の豪華クルーズツアーのメリットは他にもある。バーを探すなら、陸上よりも船内だ。アンコール号の場合、高級店でのショッピングが船内で楽しめる。ドバイにある貴金属市場ゴールド・スークで目当ての品物が見つからなくても、ダイヤモンドとイエローサファイアをあしらった4万1000ドル(約441万円)のネックレスを船で購入できる。

 そして最も重要だと思われるのが、上陸後の観光に必ず現地ガイドが同行し、文化や言葉の壁、ドレスコードに関するアドバイスをくれることだ。

 ベンチュラ郡コミュニティー財団(カリフォルニア州)の最高責任者で、夫とともにツアーに参加したバネッサ・ベクテル氏は当初、「ふさわしい服装について不安があったし、多少の強迫観念もあった。自分が現地の文化を受け入れられないのではないか、居心地の悪い地域に行くのではないかという不安が大きかった」。

 ◆受け入れの努力

 しかし実際に旅してみると、目が覚める思いをしたという。「海賊、暴力、米国人だという理由で嫌われること、若い女性であること、現地の習慣を十分に理解していないこと、知らずに無礼な振る舞いをしてしまうこと。出発前にはこういうことを不安に思っていた。女性は握手をしてはならないとどこかで読んだが、実際にはたくさんの人と握手をした」と話した。

 クルーズツアーの運営会社側から見ると、中東は金の鉱脈になる可能性がある(ただし政情が安定した状態が続くことが条件だ)。

 その理由の一つは、夏季にツアーを催行する地中海地域から、冬季のアジア・南太平洋地域に船を移動させる過程を収益化できることだ。アンコール号は、中東ツアーの終了後はシンガポールに向かった。

 さらに、中東クルーズツアーは幅広い旅行者を引きつける。現在のところ、長期のクルーズツアーは有給休暇がたくさんある欧州の人々の望みをかなえているようだ。そして1週間のツアーは、独アイーダ・クルーズや伊コスタ・クルーズ・スパなどの運営会社が優勢なこともあり、ドイツやイタリアの人々に人気がある。

 将来的には、現地中東や地理的に近いインドの人々が、クルーズツアーに夢中になる可能性もある。ただしその場合は、イスラム教徒向けにかなりの配慮をする必要がある。男女共用のプールや酒類を提供するバーなど、船の設備は基本的に欧米文化に合わせたつくりになっているからだ。

 アブダビは17年9月、欧州大手のMSCクルーズとセレブリティ・クルーズの船でハラル料理が提供されることを確認した上で、湾岸協力会議(GCC)でクルーズツアーの振興を促すキャンペーンを開始した。

 寄港地にとって中東のクルーズ市場が成長するということは、訪問者が増え、観光収入が増えるということだ。アブダビは3年前にクルーズ船専用ターミナルを建設した。これに続いてドバイでも16年、船で行き来できる人工の港シルバニヤス・アイランド・クルーズ・ビーチが開業した。

 こうした努力は実を結びつつある。アブダビを訪れるクルーズ船の乗客はここ10年間で10倍に増え、昨シーズンは34万5000人だった。今シーズンはさらに5%増える見通しだ。一方のドバイは、現在新たに2カ所でクルーズ船ターミナルを建設中で、20年までにクルーズ船の乗客が100万人に達すると予測している。

 米ロイヤル・カリビアン・クルーズ傘下の高級クルーズツアー運営会社、アザマラ・クラブ・クルーズのラリー・ピメンテル社長兼最高責任者は、現在は中東のクルーズ業界の成長の序章にすぎないと予想。「クルーズ業界において、中東がより有力なプレーヤーになるものと確信している」と述べた。(ブルームバーグ Fran Golden)