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イタリアは過小評価されているか? 世界に共通するテーマと深さで語れ (1/3ページ)

安西洋之
安西洋之

 ブランド評価や戦略立案に携わるイタリア人と話をしている時、「イタリアの企業人は、イタリアという国が世界で過小評価されていると感じている人が多い」と彼は語った。またこの話題か、と正直ウンザリした。(安西洋之)

 今までこういう話を散々してきたから、過小評価だと訴える人がどういうタイプかを、ぼくもよく知っている。彼らはイタリアの文化や良いモノあるいはサービスが点で散らばっており、1つのカタチに集約されたイメージになっていないと思っている。イタリアがそれなりの経済大国であるのは確かなので、それは仕方ないだろうとも第三者のぼくとしては考える。

 しかし彼らの頭には、フランスの文化政策予算が政府予算のなかに占める割合の大きさ、またはLVMHのようなコングロマリットの存在感、こういったものが比較対象にある。

 ダ・ヴィンチの「モナ・リザ」はルーブル美術館にあるし、グッチはケリングの傘下にある。「取られてしまった」感じがする。

 ドイツには工業国の優等生として敬意を払っているが、そもそもメンタリティからして好きではない(と、少なくとも表面上は言っておきたい)から、彼らとはまともに比べたくない。

 スカンディナビア諸国は、少ない資産を効率よく大きく見せ、ブランド戦略が巧妙である。さまざまな指標で生活の豊かさが上位に示され、それこそ過大評価されているのではないかと思わないでもない(と考えている節がある)。

 そうした構図のなかで、イタリアはどうも損をしているのではないか、もっとうまく立ち回れるはずだが、プロモートが下手だと彼らは自覚している。中央政府の官僚からしてそうだ。

 大きい青写真を描いて計画的にことを進めるのが嫌いで、手さぐりで柔軟に立ち向かうのが好きで得意だとしながら、上手くやっている他国をみるとやはり悔しさが先に立つようだ。

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