ミラノの創作系男子たち

プラグマティズムを疾走する副業カメラマン ソーシャルメディアの寵児に (2/3ページ)

安西洋之
安西洋之

 父親が米半導体メーカーのテキサスインスツルメンツに勤めていたので、子どもの頃からコンピューターの世界に浸りきっていた(サッカー少年でもあったが)。

 数学は得意だったが、歴史や国語には関心が向かないエマヌエレは、大学は経済学部に進む。在学中、ネット時代の幕開けと重なり、ENI財団の仕事をしているうちに正社員として採用されることになった。大学の試験はほぼ受けたが、卒業はしていない。

 とにかく独学でプログラマーになったのだ。そしておよそ10年のキャリアの次に、副業としての写真家になった。

 レディースファッションの世界がお金になると知っていた彼は、ある戦略をとった。ソーシャルメディア上でのフォロワーの数をもって、仕事のリクエストを待つ。そのためにプログラマーの彼はアルゴリズムを読み解き、メディアのポリシーには引っかからない程度に、自分が撮影したセクシーな姿の女性の写真をどんどんと投稿し続けたのだ。

 それと並行して、写真のサイトと紙の雑誌も作った。エマヌエレはあてもなく撮影したのではなく、何かの媒体のために撮影している、と人々に認知してもらうためだ。

 もちろん自分の作品だけだと自作自演と見られる。それで他人の写真も掲載する。そのうちに、「これを掲載してくれ」と数多(あまた)のフォトグラファーから依頼をうけるようになる。

 こうして媒体としてのステータスがつくられていった。

 このメディアは数年続け、エマヌエレへの仕事の依頼が「副業として」マックスになった時点で停止した。2~3カ月に1回の雑誌を20号は出した。

 「ぼくは、勉強してそれから何かをするタイプじゃないんだよ。もう走りながら、考えに考え抜く。スタートと継続のためにパッションが大切だが、もう一方、ロジックで戦略を練る」

 常に、膨大なファッション写真や女性の写真を分析し、何が受けるかの研究は怠らない。

 こう書いてくると、エマヌエレは撮影場所の選択から化粧やファッション、モデルの仕草まで細かいことを自分で決めるタイプだと想像するだろう。

 まったくの逆である。 

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