ミラノの創作系男子たち

世界中で「ポチョムキン村」を追いかける男 危険承知のアートの目的とは (1/3ページ)

安西洋之
安西洋之

 「ポチョムキン村」というのは固有名詞ではなく、普通名詞である。帝政ロシアの時代、公爵・陸軍大将にして、女帝エカチェリーナ2世の愛人でもあったグレゴリー・アレクサンドロヴィチ・ポチョムキンが、1787年、クリミアに壮大なハリボテの街を作った。女帝が視察するルートをファサード(建物の正面部分)だけで囲ったのだ。

 このエピソードから、こうしたハリボテの街が「ポチョムキン村」と称されるようになった。ロシアのプーチン(大統領)もモスクワからそう遠くない距離にも「もぬけの殻」のような街を作っていると知ったオーストリアの写真家、グレゴール・サイラーは、「この手の施設はどこにでもあるはず」と世界中にあるポチョムキン村を探し求め、カメラに収めるプロジェクトをはじめた。

 中国の観光目的の施設もこのカテゴリーに入る。しかしながら、グレゴールが気づいたのは、圧倒的に存在感のある軍事目的のポチョムキン村である。

 しかもロシアなどの旧共産圏だけでなく、ドイツ、フランス、オランダ、スイス、スウェーデンなど西ヨーロッパにも必ずあることをつきとめた。欧州最大の「モックタウン」(まがいものの街、という意味でグレゴールが使っている)には、使われることもない空港や地下鉄まである。

 ギャラリーで個展を開くためにミラノにやってきたグレゴールに、ぼくは質問した。現在、欧州大陸の各国が想定する戦争とは無人兵器にみるように、衛星を使った空中戦ではないのか?と。

 「もちろん、その準備も進めている。しかし、ポチョムキン村の建設に莫大な予算を各国の軍事組織が使っているのをみると、地上戦も想定していることは明らかだ。それでないとモックタウンに投資している意味が説明できない」とグレゴールは答える。

 いわば計画されたゴーストタウンである。これらがスイスの山奥やフランスの広大な平原のなかにある。もちろん一般人が、それらを目にすることはできない。ゴーストタウンを囲む一帯も軍事施設に指定されているからだ。

 「撮影するのはわずかな時間だが、そこに到達するまでが苦労だ」

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