山本隆三の快刀乱麻

自動車業界、拙速な電動化を牽制

 設備整備、導入に追いつかず

 温暖化問題が注目される中で、日本を含め先進国政府首脳は相次いで「2050年温室効果ガス純排出量ゼロ」を宣言しており、中国までもが「60年ゼロ」を宣言した。そんな状況の中、全世界の二酸化炭素(CO2)排出量の4分の1を占める運輸部門、特に自動車からの排出量削減に各国政府は一段と力を入れ始めた。

 自動車部門からの排出ゼロは、発電部門と並び、経済性はともかく技術的にはめどが立っている目標だ。そのため具体的な取り組みが可能であることも各国が自動車部門の排出削減に注力する理由だろう。コロナ禍からの経済回復支援もあり、欧州主要国は電気自動車(EV)購入への補助金増額に踏み切っている。

 自動車部門の脱炭素支援には、もう一つ大きな理由がある。それは、自動車産業は多くの先進国で主要産業であり、この分野で他国に主導権を握られると、自国経済と雇用に大きな影響が生じることだ。

 減る雇用の方が多い

 日米独仏英の各国に加え中国も、自動車産業が内燃機関からEVに変わる中で主導権を維持、あるいは獲得しなければならないと考えている。

 主要国の乗用車、商用車合計の生産台数(19年)は、中国2571万台、米国1087万台、日本968万台、ドイツ508万台、フランス222万台だ。日本の自動車出荷額は全製造業出荷額の20%弱を占め、60兆円を超えている。鉄、アルミなどの素材産業を合わせれば、さらに額は増える。

 製造部門91万人、販売整備103万人を含め自動車に関わる雇用者数は542万人。米国では製造93万人、販売整備288万人、自動車に関わる雇用は1030万人とされている。各国において自動車産業は大きな雇用を持つ基幹産業であり、この維持、強化は大きな課題に違いない。

 菅義偉首相は今年1月の施政方針演説の中で35年に新車販売を全て電動車にすると表明した。主要国は、10~20年以内での内燃機関自動車販売禁止、電動車導入にアクセルを踏んでいるが、トヨタ自動車の豊田章男社長のEV化に伴う問題点を指摘する発言にみられるように、自動車業界は電動化にもろ手を挙げて賛成しているわけではない。車体価格上昇、充電、充電設備の不足などによる販売低迷の可能性に加え、雇用問題もある。

 電動化に伴い大きな製造工程の変換が必要になり、増える雇用よりも減る雇用の方が多いと考えられている。米フォード・モーターによれば、電動化に伴い工程は30%減とされ、投資額は50%減になる。世界の多くの地域の自動車会社は、政府が電動化を進めるにはさまざまな支援が必要と主張している。

 コロナ禍からの復活のため各国は大規模な景気刺激のための予算を投入したが、欧州主要国で目立ったのはEV購入に対する補助の大幅増額だった。ドイツでは地域によっては連邦政府の補助額9000ユーロ(約114万円)に追加で補助を得ることも可能になり、合わせると補助額が1万ユーロを超えた。

 フランスでは、低所得者のEVへの買い替えには通常の補助金に追加で補助が行われ、最も価格が安いEVを半額以下で購入可能になるほどだった。さすがに仏政府も補助額が大きすぎると判断したのか、補助額は今年から引き下げられた。

 EVへの補助に加え、内燃機関自動車の販売を禁止する動きも欧州で広がっている。北欧諸国、フランス、スペインなどに続き、英国は、昨年11月プラグインハイブリッド車(PHV)を除き内燃機関を持つ乗用車の販売を30年に禁止する意向を明らかにした。PHVも35年には禁止される。

 ただ、国内に内燃機関関係の大きな雇用を抱えるドイツ政府は、内部で議論はあるものの、バイオ燃料利用の可能性もある内燃機関自動車の販売禁止スケジュールを立てていない。

 政府支援の拡大期待

 欧州主要国の内燃機関自動車販売禁止の動きを受け、欧州連合(EU)の行政執行機関、欧州委員会も昨年12月、30年までに3000万台のCO2排出のないゼロエミッション車(ZEV)と8万台のZEVトラックをEUに導入し、50年までにトラックを含めほとんど全ての車をZEVにするとした計画を明らかにした。

 バイデン米大統領もEV導入に積極姿勢をみせており、30年までにEVでの大陸横断を可能にする50万台の充電スタンド設置を打ち出している。さらに連邦政府所有車、スクールバスのEV化、EV化に取り組む自動車会社の税額控除、消費者のEVへの買い替え補助金導入案なども出されている。

 連邦政府に先駆け温暖化問題に取り組んでいる米カリフォルニア州は、内燃機関自動車の販売を35年までに禁止する方針を打ち出した。加州の自動車燃費規制には11州が同調していることから、同様に販売禁止に踏み切る州が出てくるものと思われる。欧米の自動車業界からは、早すぎる電動化の動きを牽制(けんせい)する声が聞こえ始めた。

 欧州自動車工業会会長は、30年までに3000万台のZEVと8万台のZEVトラック導入は現状から大きく乖離(かいり)しているとして、次の数字を挙げた。19年時点でEU内には2億4300万台の車があり、そのうちZEVは61.5万台、比率は0.25%にすぎない。これを3000万台にするためには10年以内に50倍に増やす必要がある。EUでの乗用車などの平均使用年数は11年、トラックは12年であり、コロナ禍で困窮する人が増える中でZEV導入に伴い車体価格が上昇すると買い替えが遅れることになり、車の使用期間はさらに伸び、30年の目標達成は困難になる。

 さらに、会長はZEV大量導入の条件がそろっていないと指摘している。欧州自動車業界が研究開発に投入している年間609億ユーロの大半は脱炭素技術に使用されているが、充電ポイントの整備がZEV導入のスピードに追い付いていないと指摘し、当面の解決策をPHVに求めるしかないとしている。また、欧州委員会は各国に対しZEV用インフラ設置に関し具体的な指示を行うべきとしている。

 欧州の自動車業界だけでなく、米国でもバイデン大統領のEV導入案を受け、日系企業を含め米国で自動車製造、販売を行っているほぼ全ての企業が参加している自動車イノベーション協会(AAI)が、昨年12月、「技術革新指針」と題したリポートを発表している。リポートでは電動化へのメーカーの投資額を23年までに2500億ドル(約26兆1600億円)とし、供給側では法制度の整備が必要とする一方、内燃機関自動車との価格差をなくし、利便性も同等とする必要性にも触れている。

 具体的には、連邦、州政府レベルでの補助金は万能薬ではないが必要とし、州レベルでの補助金政策によりEV販売台数が急増減した例を挙げている。連邦政府はEV購入に対する補助金として1台当たり7500ドルの税額控除を設定しているが、メーカー当たり20万台までとされており既にEV大手テスラとゼネラル・モーターズ(GM)は税額控除の権利を失っている。この復活も検討されるようだ。

 多くの主要国は早期の電動化にかじを切っているが、車体の価格差を埋める補助金制度、充電施設の拡充、法制度整備など、先進国の自動車業界は実現のためには政府の大きな支援が必要との立場だ。日本の目標とする15年以内の電動化実現には取り組むべき課題が多くあり、電源の非炭素化を含め多くの施策が必要になる。道のりは平坦(へいたん)ではない。

【プロフィル】山本隆三

 やまもと・りゅうぞう 常葉大学経営学部教授。京大卒業後、住友商事に入社。地球環境部長などを経て、2008年プール学院大学国際文化学部教授、10年から現職。財務省財務総合政策研究所「環境問題と経済・財政の対応に関する研究会」、経済産業省産業構造審議会臨時委員などを歴任。現在、国際環境経済研究所所長、NEDO技術委員などを務める。著書に『経済学は温暖化を解決できるか』(平凡社)、『夢で語るな日本のエネルギー』(マネジメント社)など。

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