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東京五輪、最後の「ローザンヌ・モデル」か

 尚美学園大学教授・佐野慎輔

 「ローザンヌ・モデル」-その耳慣れない言葉をネット逍遥で知った。時事通信の記者が、インタビューしたスイス・ローザンヌ大学のジャン・ルー・シャプレ教授の言葉として紹介している。「100年以上も続き、汎用(はんよう)的で、IOCが都市に強いてきた開催の形」である。いうまでもなく、ローザンヌは1916年以来、国際オリンピック委員会(IOC)が本部を置く。

 ただの“場所貸し”

 今回、新型コロナウイルス感染禍に見舞われた東京2020大会の開催をめぐり、その片務的な契約、ありようが広く知られるようになった。開催に伴う費用は開催都市、組織委員会が負う。一方、放送権料、ワールドワイドスポンサー契約料はIOCに入る。組織委員会が直接収入として得るのはローカルスポンサーからの収入および入場料。そしてIOCからの分配金、東京2020大会は約850億円の分配にあずかった。余談ながら1984年ロサンゼルス大会を除けば、組織委員会単体で収支黒字の例はなく、開催都市負担、政府補填(ほてん)に頼るところは大きい。

 また東京の暑さ、湿度を考慮しマラソン・競歩の会場が東京から札幌に移されたのはIOC判断。開催か中止か、決めるのもIOCで、はっきり言えば東京は“場所貸し”に過ぎない。

 これは東京2020大会に限ったことではない。シャプレ教授の指摘を待つまでもなく過去の開催都市全てが負ってきた責務である。今回初めて知った人も少なくないだろうが、メディアも含め、オリンピックに関わる人たちには当然知られた話だ。「ローザンヌ・モデル」という名称はともかく、メディアがいまさら初めて知ったように報じ、対立構造をあおることに違和感を覚える。立候補時、招致決定時に周知されるべき事柄であった。

 IOCは決して民主的な組織ではない。加盟する206国・地域オリンピック委員会が1票の投票権を持って参加する組織ではない。開催都市を決めるのは定員115人のIOC委員、会長以下15人の理事会が全ての活動をリードする。スイスの民法に規定された非政府組織(NGO)、民間組織だからこその実態である。

 それでも多くの都市が開催に名乗りを上げ、企業がスポンサードする。オリンピックの国際的な知名度と反響の大きさ、ブランドイメージへの期待感にほかならない。空気を頼りに巨費を投じる構造といっていい。ワシントン・ポストでサリー・ジェンキンス氏が指摘した「ボッタクリ男爵」の背景である。

 イメージ低下は確実

 スポーツ界にはびこる因習だろう。ラグビー・ワールドカップ(W杯)では、開催国に国際統括組織のワールドラグビー(WR)に9600万ポンドの上納金が義務付けられる。開催国は入場料収入だけが頼り。IOCのような放送権料、ワールドワイドスポンサー収入からの分配金もない。68億円もの剰余金を出した2019年のラグビーW杯日本大会はまさに奇跡の大会であった。

 ただ、こうした開催の形は東京2020大会が最後となるかもしれない。米NBCは32年まで放送権契約を結び、ワールドワイドスポンサーの複数大会契約も進む。しかし、東京で露呈したイメージの低下は確実に人々の離反を呼ぶ。IOCは7月の東京総会で32年大会開催都市に豪州のブリスベーンを選ぶ。焦りの裏返しのように映る。

【プロフィル】佐野慎輔

 さの・しんすけ 1954年富山県高岡市生まれ。早大卒。サンケイスポーツ代表、産経新聞編集局次長兼運動部長などを経て産経新聞客員論説委員。笹川スポーツ財団理事・上席特別研究員、日本オリンピックアカデミー理事、早大非常勤講師などを務める。専門はスポーツメディア論、スポーツ政策とスポーツ史。共著には『これからのスポーツガバナンス』(創文企画)、『スポーツフロンティアからのメッセージ』(大修館書店)など多数。

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