なぜ不祥事で現場は出てこないのか 「自分事化」で企業の謝罪会見が変わる? (3/4ページ)

検査データに不適切な書き換えがあったとして開いた記者会見で頭を下げる、油圧機器大手「KYB」の中島康輔社長(右)=16日午後、東京・霞が関の国交省(松本健吾撮影)
検査データに不適切な書き換えがあったとして開いた記者会見で頭を下げる、油圧機器大手「KYB」の中島康輔社長(右)=16日午後、東京・霞が関の国交省(松本健吾撮影)【拡大】

 従業員 まぁ、相次ぐ震災でも倒れなかったというのがあったので、多分大丈夫だろうというのは皆心の中で思っていたと思います。だからこそ、仮にウチの装置を使っている建物が倒壊したとしても、「地震が想定外の大きさだった」という言い訳だって言える、という妙な安心感がありました。どうせ倒れないんだろうから、無駄な作業を省くべくデータは改ざんしてもいいだろう、バレることはないだろうという空気があったんです。

 こちらも当然、質疑応答ともに仮定の話を書いたわけだが、こうした生々しい話が現場の従業員から出ることにより、この会見を見ている多くの人にとっては「自分事(ごと)化」ができる。謝罪会見というものは、基本的に組織の上層部のみが出てくるが、あの白髪頭の高齢者が並ぶ図というのは、現場からするとあまり「自分事化」ができないのである。

 「責任者を出せ!」という怒号が出ることは明らかなので責任者が出てくるのは当然のことだ。だが、上層部が「現場の判断で」やら「第三者委員会に委ねる」などと戸惑いながら言う姿は今現在組織の仕事のありように問題を抱えている現場の人間からすると、遠い話のように思えてしまう。

◆もし自分の顔が晒されたら…

 仮定の会見を先に挙げたが、あれを語っているのが35歳の係長、みたいな人間だった場合、途端に「自分事化」できるようになり、気が引き締まる思いになるのではなかろうか。

ひょっとすると自分も…