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上品なおせんべいの食べ方は?“コンプレックス市場”に刺さる「育ちがいい人」本

 今からでも、「育ち」は良くなる! 「育ちの良さ」は一生の武器-。こんなうたい文句で、日常での適切な所作から、周囲を不快にさせない言葉選びまで指南した実用書『「育ちがいい人」だけが知っていること』(ダイヤモンド社刊)が好調だ。発売から1年を過ぎても売れ続け、紙と電子で42万部となった。出版不況の下、読者の心をつかんだのはなぜか。ヒットの背景を探った。

 コンプレックスを刺激?

 ピンクと白を基調とした表紙には、上品にほほ笑む女性の姿。柔らかい雰囲気の表紙だが、「『育ちがいい人』だけが知っていること」というタイトルは強烈だ。

 本書の著者はマナースクールの代表を務める諏内えみさん。「育ちがいい人」と聞いたとき、イメージするのはどんな人だろうか。諏内さんは、「はじめに」で、《「育ち」とはその方の佇(たたず)まいのこと。所作やふるまいを、知っているか知らないかだけのこと》だとして一部の人だけのものではないと指摘。政財界のVIPへの指導経験を踏まえ、育ちの良さを感じさせる人の共通点として、《マナー以前のちょっとした所作や言葉遣い。そこに表れるその方の佇まいやオーラ》をあげる。

 本書では、「ごあいさつは、いったん立ち止まって」「お金は包んでお渡しする」といった立ち居振る舞いから、「相手の詮索を上手にかわす方法」といったコミュニケーション術まで257の事例を紹介。決まったルールがないものでも周囲を気遣ったふるまいを提案しており、たとえば、個別包装されたおせんべいは、袋の中であらかじめ割ってから食べると外に飛び散らないとする。

 昨年2月の発売後、40代女性を中心に支持された。婚活や子供のしつけ、お受験対策のほか、就職活動対策など幅広いニーズで読まれているのだという。

 編集を担当した長久恵理さんは「ターゲットの広い本を作りたいと考えて思いついたのが、コンプレックス市場でした」と明かす。人がコンプレックスに感じやすいジャンルは出版市場でヒットが多い。たとえば、容姿だったらメークやファッション本、体形だったらダイエット本、会話が苦手ならコミュニケーションの本といった具合だ。

 「育ちという言葉は日常よく使うし、コンプレックスに感じやすいのに、コンテンツとしてなかった」と長久さん。企画は新型コロナウイルス禍の前だったが、「AIの登場など社会の変化が加速して、これからどうしたらいいのかという不安があった。今は多様性とか、自分の好きなようにふるまっていいというムードがありますが、基準やよりどころ、正解みたいなものが欲しいと思う人がすごく多いと考えました」と明かす。

 継続的な販売戦略を

 今でこそ42万部だが、初版は6000部。ヒットの背景には、丁寧な販売戦略もあった。ダイヤモンド社では、「ダイヤモンドオンライン」で新刊本の紹介記事を掲載することが多い。本書は発売に合わせ本の中身を一部抜粋し、興味を持たれるような見出しにして掲載。その結果、「ほめられたとき、何と返すのが正解?」(昨年2月20日)は約80万PV、「『お好きな席へどうぞ』と言われたら、育ちがいい人は、どこに座る?」(昨年2月23日)は約180万PVと注目された。これが呼び水となり、ネット書店での売れ行きが急増。ほかの媒体での紹介につながったという。

 書店に対しても、継続的にアプローチを続け、本にも登場する「ポチ袋」や「メッセージカード」を限定でおまけに付けるなどして売り場を確保した。

 新しい生活の指針に?

 育ちの良さやマナー、常識は、人によってイメージするものにずれがある。SNS時代には議論になるようなネタは、ヒットにつながりやすい。

 立命館大学のサトウタツヤ教授(社会心理学)は 「本書に関しては否定的な意見も見られたが、賛否があるからこそ、言論空間となじんで、うまく議論できる。その結果、よく読まれたのではないか」と指摘。さらに、「育ちの良さというのは、家柄や出自と違い、努力すれば手の届くイメージがある。昨年は新しい生活になり、対人関係も新しくなったなかで、お手本となるテキストが求められていたのではないか」と話す。これまでのマナー本にないアプローチだったのも追い風になったようだ。

 一方、出版科学研究所の久保雅暖主任研究員は「マナー本は毎年定番で売れる本はあっても、ベストセラーになることは難しい。硬派で実用的なマナー本か、若い女性向けのモテ指南本が多く、その隙間にあるニーズをうまく捉えたのではないか」と話している。

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