ラーメンとニッポン経済

1968-昭和元禄、重厚長大に輝いた「ラーメン二郎」という光芒 (1/2ページ)

佐々木正孝
佐々木正孝

 スープはコッテリ、脂もギットリ。肉に野菜が「これでもか!」と盛られたラーメンがある。三田に本店を構える『ラーメン二郎』だ。新旧の価値観が激突した60年代に端を発し、現在まで熱狂的に支持され続ける特異なラーメン。その一杯を追えば、戦後を疾駆してきた団塊の世代の光と影も見える。その時代に出現したラーメン店に焦点を当て、日本経済の興隆と変貌、日本人の食文化の変遷を活写する本連載。今回は、『ラーメン二郎』の誕生から現在まで、現在進行形の運動体を追っていこう。

■いざなぎ景気の1968年 『二郎』の前身が走り出す

 「大きいことはいいことだ、おいしいことはいいことだ」

 作曲家の山本直純が指揮し、1300人もの大合唱団が歌い上げる「森永エールチョコレート」のCMが流れたあの頃、日本は57か月間連続で景気が拡大した「いざなぎ景気」の渦中にあった。昭和元禄の幕が上がれば、エコノミックアニマルなんて言われても気にしない。ウサギ小屋からGNP世界ナンバー2へ。列島全体が「大きいこと」にまっしぐらだった。

 そんな1968年、一人の男が都立大学駅(目黒区)に『ラーメン次郎』という店を開業する。和食で10年ほどのキャリアを積んだ山田拓美である。当初は慣れないラーメンづくりで閑古鳥が鳴いていたが、近隣の独身寮の常連からアドバイスを得て、独自の味わいを完成。それはコッテリスープにボリューミーな麺と、現『ラーメン二郎』に連なる味だったという。歴史を遡る前に、まずは『二郎』のありようを整理しておこう。

 モヤシにキャベツなど大盛りの野菜に、“豚”と呼ばれる煮豚チャーシューがチョモランマのように屹立。丼から溢れんばかりのスープには豚骨と豚肉が醸し出すコクと甘みがあり、凶暴なまでの油脂分も含んでいる。香りを立たせるのは個性的な風味の醤油ダレ。極太麺は箸で持ち上げるのも一苦労で、もぐもぐ噛むのもまた一興。たっぷりの背脂がコッテリまとわりつき、ふりかけられたニンニクもインパクト十分。とどめとばかりに、ジャンクさを味蕾に突き刺すうま味調味料。恐るべきボリュームと旨みの破壊力! まさに「大きいことはいいことだ」、高度経済成長を牽引した重厚長大産業を具現化したような一杯である。

 1998年に発行された『ラーメンマニアックス』では、既にその魔力が都市伝説的に語られている。曰く-

「二郎は二郎であって、ラーメンではない」「もはやラーメンではありません。あの店で供されているのは『二郎』という名の料理なのです」

 現在、『ラーメン二郎』は東京近郊を中心に直系として35店舗を展開。一般的なチェーンとは異なり、各店がある程度の裁量を持っているためラーメンの味わい、メニューも微妙に異なっている。しかし、その凶暴なジャンクさとボリュームは通底。まさに「ラーメン二郎という概念、理念」が一門を貫いているのだ。

 さて、創業時に時を戻そう。都立大学で創業して3年後、山田拓美は店名を『ラーメン二郎』と変え、店舗を三田に移す。この移転を機に、ラーメンはさらにボリューミーに、さらに旨みをブーストした味わいに。他の追随を許さないラーメンへ先鋭化していくのである。

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