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JR福知山線脱線16年「事故を風化させたくない」 犠牲者の母が息子しのぶ曲制作

 桜の季節は、哀(かな)しみの中に-。乗客106人が死亡した平成17年のJR福知山線脱線事故が原因で息子を失った母親が、癒えることのないさみしさを詞にまとめ、歌を作った。息子の形見代わりに公園に植樹した桜は今年も花をつけ、まだ細い幹をまっすぐに伸ばしている。歌と花を通じて、多くの人に事故のことを考えてほしいと願っている。(鈴木源也)

 「りょうちゃん、おはよう」。兵庫県宝塚市の公園の隅。近くに住む岸本早苗さん(77)が桜の木に声をかけ、日課の水やりをしていた。息子の遼太さん=当時(25)=は花が好きだった。自宅には遼太さんをしのんで、たくさんの鉢植えが置かれている。「天国で園芸部の部長をやっていると思う」と笑顔を見せた。

 16年前の4月25日、遼太さんは4両目に乗車し、首などを負傷した。命は助かったものの、現場の凄惨な光景が頭から離れず、心的外傷後ストレス障害(PTSD)を発症した。

 追い打ちをかけるように不慮の事故で父を亡くし、症状がさらに悪化した。「何で自分だけ助かってしまったのか」。遼太さんは、大事故を生き残った人が抱く特有の罪悪感にさいなまれ、事故から3年半後に自ら命を絶った。

 残された早苗さんも一人思い悩んでいたが、遼太さんの生きた証を自分が語っていかねばと、そのことを自身の生きる糧に日々を過ごしてきたという。

 十三回忌を迎えた昨年10月、「私が死んでしまってもみんなに見てもらえるように」と、自宅の庭で育ててきた「天の川」という品種の桜の木を、公園に移植した。咲く花の美しさ、それを愛でた遼太さんの悲しい経験を「知るきっかけになってほしい」と話す。

 そして今年に入り、事故のことを後世に伝えていくため、犠牲者の無念さと残された人の悲しみを散る桜に重ねた曲を制作した。早苗さんが作詞をした「桜の涙」だ。

 作曲は、遼太さんが生前通っていたピアノ教室の講師、熊谷啓子さん(59)=神戸市灘区=が担当した。「全国の子供たちに歌ってほしい」と、合唱用に明るいメロディーをつけた「さくらの涙」も合わせて作った。熊谷さんは「作曲中も桜になった遼太君が見守ってくれているような気がした」という。

 遼太さんは亡くなる前、JR西日本が事故の説明責任を果たしていないといつも訴えていた。事故から16年。JR西の社員も事故後に入社した人が過半数になった。早苗さんは、そんな人たちに、この歌を聴いてほしいと思っている。

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