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前回東京大会でリモート観戦“先駆け”も 作家たちの五輪作品 (2/2ページ)

 この本の中では三島由紀夫の活躍ぶりが際立つ。なにしろ、ボクシングや重量挙げ、競泳、体操、女子バレーなど幅広い競技の観戦記を手がけ、開会式と閉会式の模様も寄稿している。スポーツ選手の肉体美をとらえる文章は典雅で、卓抜な比喩に満ちている。男子100メートル決勝を10秒フラットの記録で駆け抜けたヘイズの力走を描いた文章「空間の壁抜け男」はとくに読み応えがある。三島の観戦記は『三島由紀夫スポーツ論集』(佐藤秀明編、岩波文庫)にも収められている。

 現代に通ずる人種、国籍の問題

 スポーツ自体がはらむ熱と臨場感を刻んだ観戦記とは違い、時を置いてから生み出される小説では、五輪を一つの背景にして時代の空気や人間ドラマに焦点を当てたものが目立つ。

 『激動 東京五輪 1964』(講談社文庫)は前回東京大会を題材に、現在のミステリー界を牽引する7人が競作したアンソロジー。五輪前、脅迫や爆破などを連続して起こした「草加次郎事件」を追う新聞記者を描いた堂場瞬一さんの「号外」をはじめ、半世紀前の社会状況を伝えるエンターテインメント作品がそろう。

 浅田次郎さんら7人の短編を集めた『作家たちのオリンピック 五輪小説傑作選』(細谷正充編、PHP文庫)からも五輪という世界規模のイベントが持つ多面性が伝わってくる。収録作の一つ、浅田さんの「ひなまつり」は昭和39年の東京を舞台に、五輪の恩恵を受けられない母娘の日常に光を当てた切ない物語。野球小説を数多く残した赤瀬川隼さんの「ブラック・ジャパン」は、五輪で日本国籍の黒人選手がメダルを獲得したという設定で、現代にも通ずる国家と人種、国籍をめぐる問題をつづっている。

 非日常性の象徴

 海外でも評価の高い小川洋子さんの「肉詰めピーマンとマットレス」は異彩を放つ。審判の不手際に抗議して全員がスキンヘッドにした1992年バルセロナ五輪・男子バレー米国代表に想を得た一編。海外に暮らす息子のもとを久しぶりに訪ねた主人公の母親が観光したり、息子の好物の肉詰めピーマンを作ったりしてつかの間の幸福な時を過ごす。そして息子と別れた帰途の空港では、見上げるほど大柄なバレーボールの五輪選手団が現れ、まるで悲しみに沈む母親を守るように同じ手荷物検査の列に並ぶ。非日常の出会いが母親の心に小さな救いをもたらす、そんな一瞬が美しい。

 「五輪はその時代の国民の共通体験であり、非日常性の象徴ともいえる。どんな題材でも受けいれる器の大きさがある」と指摘するのは同書の編者を務めた文芸評論家、細谷正充さん。「五輪を一つの触媒として何をどう表現するかにそれぞれの作家性が如実に表れる。コロナ禍での五輪を経て、この先どんな物語が紡がれるのか。読者には楽しみだし、作家にとっても書きがいがあるテーマではないでしょうか」(海老沢類)

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